前橋地方裁判所 昭和41年(行ウ)3号 判決 1969年9月09日
群馬県吾妻郡草津町大字草津一〇七番地
原告
高山米吉
被告
中之条税務署長
中野正一
右指定代理人
熊谷直樹
同
篠義一
同
福永政彦
同
矢沢芳夫
同
村田良郎
同
市川義一
同
広木重喜
右当事者間の所得税更正決定処分取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
原告は「被告が昭和四〇年三月一二日付でなした原告の昭和三六年分の総所得金額を金一、〇八八万三、六七五円とする更正処分中、金二八九万四、三〇〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。
第二原告主張の請求原因
一、原告は昭和三七年八月二五日被告に対し昭和三六年分所得税につき別紙一(一)記載のとおり修正確定申告をしたところ、被告は昭和四〇年三月一二日付でこれを別紙一(二)記載のとおり更正し、これに対する原告の同年四月一三日付異議申立てに対し、同年九月三〇日別紙一(三)記載のとおり更正処分を変更した。従つて前記更正処分は右変更の範囲で効力を有するものである(以下これを本件更正処分という)。原告は更に関東信越国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は昭和四一年四月二五日これを棄却する裁決をし、原告は同月二七日右裁決があつたことを知つた。
二、本件更正処分によれば原告の昭和三六年分雑所得金額九四八万九、三七五円、総所得金額一、〇八八万三、六七五円とされている。しかし同年分雑所得金額は金一五〇万円にすぎず、その差額金七九八万九、三七五円は存しない。よつて正しい総所得金額二八九万四、三〇〇円を超える部分につき本件更正処分の取消を求める。
第三被告の主張・抗弁
請求原因一、は認めるが二、は争う。
原告の昭和三六年分雑所得金額は本件更正処分どおり金九四八万九、三七五円である。すなわち、
一、原告は訴外石村重光の仲介により、昭和三六年七月三日、訴外鳩和建設工業株式会社(以下鳩和建設という。)に対し、原告所有の温泉源(群馬県吾妻郡草津町大字草津一〇七番の二所在。以下本件温泉源という。)から同所字白根四六四番の六所在山林へ口径一寸のパイプ三本による温泉引湯権を設定する契約をした(乙第一五号証)。そして同月一一日、右契約内容を、六五度以上の湯を口径三寸と二寸のパイプにより引湯することに改め、その対価を金一、二七一万五、〇〇〇円と定めた(以下本件契約という。なおその際、訴外霜田善造所有に係る右山林一町一反八畝三歩を代金五〇〇万円で売渡す契約をも合わせ締結した。乙第一六号証参照。)。その後更に契約内容を改め六〇度以上の湯を口径三インチのビニールパイプ二本による引湯とすることとして、同年一二月五日公正証書を作成したものである(乙第一七号証)。
二、右泉源地は原告の子秀雄及びその妻笑子の共有名義になつているが真の所有者は原告である(原告は泉源地を含む土地建物を自分が代表者である合資会社七星館に貸与し賃料を得ている)。仮にそうでないとしても原告は本件契約の当事者として後記のとおりその対価を取得したのである。
三、原告は引湯対価及び山林代金として、左記のように鳩和建設代表者村木正彦及びその妻満が振出した約束手形・小切手(名宛人は手形<ニ>が霜田善造であるほか全て原告である。)を受領した。
<イ> 約束手形
振出日 昭和三六年七月一八日
金額 一二一万五、〇〇〇円
満期 昭和三六年八月三一日
<ロ> 約束手形
振出日 同右
金額 五〇〇万円
満期 同年一〇月一八日
<ハ> 約束手形
振出日 昭和三六年八月七日
金額 一〇〇万円
満期 同右
<ニ> 約束手形
振出日 同右
金額 四〇〇万円
満期 同右
<ホ> 小切手
振出日 昭和三六年一〇月一日
金額 四〇〇万円
<ヘ> 小切手
金額 二五〇万円
計金 一、七七一万五、〇〇〇円
右手形・小切手金のうち金五〇〇万円は霜田が取得すべきものであり、また本件契約に係る必要経費は金三二二万五、六二五円であるから、結局原告は金九四八万九、三七五円の雑所得を得たものであり、本件更正処分は正当である。
四、ちなみに各手形・小切手の決済並びにその後の費消状況は次のとおりである。
手形<イ>は、原告が昭和三六年八月三一日訴外明治物産株式会社に対し債務の履行のために裏書譲渡し、同社は満期にその支払を受けた。
手形<ロ>・<ハ>・<ニ>合計金一、〇〇〇万円は、同年一〇月一九日吾妻信用組合の原告名義普通預金口座(口座番号八三六。以下原告口座という。)に入金された。但し即日払出され、内金四〇〇万円は山林売買代金として霜田善造の子一夫の同組合口座へ振替え、残余を金五〇〇万円と金一〇〇万円の二口に分けて原告口座へ振替えた(なお右金五〇〇万円は同月三一日宅地二筆の売買代金として訴外石下武に交付した金五〇〇万円の資金となつた)。
小切手<ホ>は、同年一〇月七日、振替手数料一〇〇円を控除の上、原告口座に入金された(これは同月一一日訴外設楽菊治郎に交付した金五〇〇万円の一部に充てられた)。
小切手<ヘ>は同年一二月六日、<ロ>・<ハ>・<ヘ>の取立手数料三〇〇円を控除の上、原告口座に入金された。
第四、抗弁に対する原告の主張(項数は第三と照応する)
一、否認する。尤も訴外石村から鳩和建設の依頼を受けたとして折衝を受けたことはあるが、原告はこれを拒絶した(乙第一五・一六号証は右石村が偽造したもので原告は全く関知せず、乙第一五号証の印影は原告の印鑑を盗用したもの、乙第一六号証の印影は原告の印鑑によるものではない。乙第一七号証は鳩和建設が武陽信用金庫から金融を受ける際利用するため、村木正彦と通謀して作成した内容虚偽のものである)。
二、泉源地はもと原告所有であつたが、訴外黒岩治太郎を経て昭和三四年以降は訴外高山秀雄・同笑子の共有である(原告は七星館から毎月金五万円程を受取つているが、これは生活資金としてであり、土地の賃料ではない)。
三、被告主張の手形・小切手を受領したことは認めるが、それらの金額が原告の所得となつたことは否認する(手形<イ>は村木が原告経営の旅館に宿泊しその料金支払にかえて振出したのである)。但し被告主張の必要経費額は争わない。
四、原告口座につき被告主張のとおり入金及び出金がなされたことは認める。しかしながら原告は鳩和建設の被傭人宿谷好次に対し原告口座の使用を許諾していたもので、前記入金及び出金は全て鳩和建設の所得に係わるものであり、それらは鳩和建設或は右宿谷が費消したのである(石下から宅地二筆を買受けた事実は認めるが、その代金は、原告が昭和三六年中鳩和建設或は村木個人に無銘正宗仕込杖及び歌麿春画を処分して得た代金六〇〇万円の一部を充てている)。
第五証拠
原告は甲第一号証を提出し、証人村木正彦、同設楽菊治郎の各証言を援用し、別紙二のとおり乙号各証の認否をした。
被告指定代理人は別紙二のとおり乙号各証を提出し、証人村木正彦、同石下武、同松田金治、同矢沢芳夫の各証言を援用し甲第一号証の成立は不知と述べた。
当裁判所は職権で原告本人を尋問した。
理由
一、原告が昭和三七年八月二五日被告に対し別紙一(一)のとおり昭和三六年分所得税の修正確定申告をしたこと、被告が昭和四〇年三月一二日付で別紙一(二)のとおり更正決定をなし更に同年九月三〇日これを別紙一(三)のとおり変更したこと、本件更正処分を不服とする原告の審査請求に対し関東信越国税局長が昭和四一年四月二五日棄却の裁決をしたこと、原告は同月二七日右裁決を知つたこと、以上は当事者間に争いがない。そして本件更正処分は原告の昭和三六年分雑所得金額を金九四八万九、三七五円としているところ、原告はこれを金一五〇万円にすぎないとして争うので、以下この点を検討する。
二、乙第一五、二七号証(各書証の原告名下の印影が原告の印鑑によることは当事者間に争いないところ、右が盗用に係ることを窺わせる資料は原告本人尋問の結果のほか存せず右は俄に信用できないので、これらは真正に成立したものと推定される。)乙第一六号証(証人松田金治の証言によれば本証の原告名下の印影は原告の所得申告書や手形裏書のそれと同一というのであるから原告の印鑑によるものと認められ、更に後述のとおり真正な公文書と推定される乙第二九号証によれば原告はこれを自ら押捺したことが認められるので、結局本証は真正に成立したものと認める。)乙第一七号証(成立に争いない。)乙第二九号証(その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定する。)第四〇号証(成立に争いない。)並びに証人村木正彦、同設楽菊治郎の各証言を総合すると、次の事実を認定することができる。すなわち、昭和三六年五月頃原告は訴外石村重光から本件温泉源の湯を鳩和建設へ売る折衝を受け、これを一応了承して同年七月三日「温泉引湯契約書」(乙第一五号証)を作成した。右契約書は石村が起案したものであり、その要旨は原告は鳩和建設に対し本件温泉源から口径一寸のパイプ三本による引湯を認めるというにある。その後右石村を交え原告と鳩和建設営業部長宿谷好次との話合により引湯パイプを口径三寸及び二寸各一本に改めその工事費は原告の負担とし、合わせて原告は本件温泉源に隣接する五、〇〇〇坪の土地所有権をその所有者霜田善造から取得し鳩和建設はこれを坪当り金四、〇〇〇円で買取ること、右引湯と土地の代価は合計金一、七八五万円とする旨の合意に達し、同年七月一一日「仮契約書」(乙第一六号証)を作成した。右書面も石村が起案し原告が押印したものである。なお同年一二月五日、原告及び鳩和建設代表者村木正彦は合意により引湯量を口径三インチのパイプ二本とする「温泉引湯権売買契約公正証書」(乙第一七号証)を作成した(但し税金対策として代金は虚偽の金六〇〇万円とした)。しかるにその後、鳩和建設が本件契約に反し隣接地を直接霜田善造から買取つたため、原告も引湯工事を履行せず、両者間に軋轢が生じたので、訴外設楽菊治郎が仲に立ち話合を重ね、昭和三八年六月七日、原告は速かに三インチパイプ一本の敷設をする旨の覚書(甲第一号証)を作成した(同書面二項にいう手形・小切手とは、本件契約とは別個の取引の決済に係わるものである)。
以上の事実を認定でき、これに反する原告本人尋問の結果は右各証拠に照らし採用できない。
三、次に右村木正彦及びその妻満が左記のとおり、原告に対し約束手形<イ><ロ><ハ>小切手<ホ><ヘ>を、霜田善造に対し約束手形<ニ>を、それぞれ振出したことは当事者間に争いがない。
<イ> 約束手形 振出日 昭和三六年七月一八日 金額一二一万五、〇〇〇円
満期 昭和三六年八月三一日
<ロ> 約束手形 振出日 昭和三六年七月一八日 金額五〇〇万円
満期 昭和三六年一〇月一八日
<ハ> 約束手形 振出日 昭和三六年八月七日 金額一〇〇万円
満期 昭和三六年一〇月一八日
<ニ> 約束手形 振出日 昭和三六年八月七日 金額四〇〇万円
満期 昭和三六年一〇月一八日
<ホ> 小切手 振出日 昭和三六年一〇月一日 金額四〇〇万円
<ヘ> 小切手 金額二五〇万円
以上はその名宛人、振出日及び総計金額一、七七一万五、〇〇〇円からして本件契約に基く債務支払のためになされたものと推定することができる(これに関し原告は、手形<イ>は村木の宿泊料金支払にかえて授受したと述べているが、そのような事情を窺わせる資料は原告本人尋問の結果のほか存しないところ右は俄に信用できない)。そしていずれも原本の存在・成立に争いない乙第一号証の一、第一号証の二、第一号証の三、第二号証の一ないし三、第三号証の一、二、第四号証の一、二、第五ないし九号証、第一四号証及び前出乙第二九号証並びに証人村木正彦の証言によれば、手形<イ>は明治物産株式会社に裏書譲渡された後交換決済され、残余の手形、小切手は、訴外霜田宛の手形<ニ>を含め、いずれも交換を経て原告口座に入金されているものと認められる。すなわち、乙第五、八号証によると昭和三六年一〇月七日、金三九九万九、九〇〇円の入金があるが、これはその日付・金額から推すと同月一日振出の小切手<ホ>金四〇〇万円から取立手数料金一〇〇円を控除した金額と考えられる。次に乙第五、九号証によると同月一九日、金一、〇〇〇万円が入金になつているが、これはその日付から推して満期がいずれもその前日の同月一八日である手形<ロ>金五〇〇万円、手形<ハ>金一〇〇万円、及び手形<ニ>金四〇〇万円を合計した金額と見られる。なお乙第七、一四号証によると同年一二月六日に金二四九万九、七〇〇円が入金されているが、これは小切手<ヘ>金二五〇万円に係わるものと推定される。
以上の様に村木正彦らが振出した手形・小切手金合計一、七七一万五、〇〇〇円は全て本件契約に基く対価として原告の所得に帰属したものである(但し右から霜田善造に帰属すべき分を控除しなければならないがその額は、原本の存在・成立に争いない乙第一一号証(霜田一夫は姓から推して霜田善造の親族と認める。)及び証人松田金治の証言により、金五〇〇万円を超えないものと認められる)。尤も原告本人尋問の結果中には「原告は鳩和建設に原告口座を使用させておりそれらの入金は鳩和建設の所得である」旨の部分があるが、成立に争いない乙第四〇号証によれば鳩和建設営業部長である宿谷好次はそのような事実を強く否定しているのみならず、仮にそのような事実があるとすれば、乙第五ないし七号証からも明らかなとおり、原告の経理と鳩和建設のそれとは彼此俄に識別できないまでに錯綜することになつてしまうのであつて、右原告本人尋問の結果はとうてい措信できない。
なお付言すれば、証人石下武の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第一九、二三、二五号証によれば、原告口座からは訴外石下武に対し昭和三六年九月一二日金一〇〇万円、一〇月三〇日金五〇〇万円及び一一月五日金二九九万円が各支払われたことが窺知できるが、同訴外人に対し鳩和建設が金員を交付しなければならない理由は本件全証拠によつても推察できないのに反し、原告が同年九月一〇日同訴外人から宅地二筆を買受け代金支払債務を負つていたことは当事者間に争いがないのであつて、右事実は原告口座が原告の所得に係わることの証左といわなければならない(これに関し原告は、仕込杖等を鳩和建設或は村木個人に処分して得た代金をもつて右石下に対する代金支払に充てたと主張するが、証人村木正彦の証言に副わないものである)。
四、なお本件温泉源所在地の所有権が登記簿上原告の子高山秀夫とその妻笑子の共有名義になつていることは当事者間に争いがないが、以上認定の事実ならびに乙第一七号証によれば原告は自分の名で自分の所有に属するものとして本件契約を締結し且つその代価が原告口座に入金されていることが明らかであり、このことからすると、真の所有者は原告であると認めることができ、少くとも本件契約から生じた収益が原告に帰属したことは明らかである。
五、結局前記手形・小切手金合計一、七七一万五、〇〇〇円のうち、金五〇〇万円を超えない金額が霜田善造に帰属すべきものであること前述のとおりであり、また本件契約に基く原告の必要経費が金三二二万五、六二五円であることは当事者間に争いがないのであるから、その合計金八二二万五、六二五円を控除した金九四八万九、三七五円をもつて原告の昭和三六年分雑所得金額とした本件更正処分に違法はない。
よつて原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安井章 裁判官 松村利教 裁判官 春日民雄)
別紙 一
<省略>
別紙 二
<省略>